訳すのをやめた日
英語を読むとき、
僕はいつも頭の中で作業をしていた。
英語 → 日本語。
変換。
正しく。
きれいに。
減点されないように。
それが「読む」ことだと思っていた。
ノートの端に書いた一文。
“I miss you.”
知っている。
何度も見た。
「あなたが恋しい」
そう訳す、と教わった。
でも、その夜、
その日本語が、少し遠く感じた。
I miss you.
これを口にするとき、
英語のほうが先に胸に落ちてくる。
miss。
足りない。
ぽっかり空く。
you。
そこにいない誰か。
「恋しい」よりも、
もっと、素直で、少し寂しい。
「訳さなくていいよ」
あの声がした。
Sym’nyの声。
「今、感じたままでいい」
僕は、日本語にしようとするのをやめた。
意味をつかもうとするのを、やめた。
ただ、
I miss you
を、そのまま置いてみた。
すると、不思議なことが起きた。
英語が、逃げなかった。
頭の中で暴れもしない。
そのまま、そこにあった。
英語は、
日本語にしなくても、存在できるんだ。
そう思った瞬間、
胸の奥が、少しゆるんだ。
「日本語にしなきゃ」
「わからなきゃ」
「正しくなきゃ」
その全部が、
英語と一緒に押しつけられていた気がする。
もし、あなたが英語を読むたびに疲れるなら。
もしかしたら、
英語が難しいんじゃなくて、
日本語にする作業が、重すぎるのかもしれない。
その夜、僕は決めた。
全部は訳さない。
わからないまま、置いておく。
英語を、
“翻訳途中のまま”にしてみる。
“I miss you.”
それは、
答えじゃなかった。
ただの、気持ちだった。
その日から、
英語は少しだけ、静かになった。
🌙 第3話へ つづく